世界経済共同体党

首相安倍晋三の『一億総活躍社会』発言に物言い
 
   第3次安倍改造内閣が発足した。その首相安倍晋三のキャッチフレーズの「一億総活躍社会」の言葉に違和感がある。 内閣の総責任者・首相ともあろう者がそれでいいのか。このことを通して安倍晋三の政治を考察・批判する。箇条書きにする。

 1、「一億総活躍社会」という言葉を聞いたら、「それは無理だ。」という言葉が即座に出てこなくてはいけない。 現経済、唯一神又吉イエスが言う「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済とは 他人・相手を蹴落とす側面(企業も同じ)を持つ競争社会であるからだ。 一億総活躍社会の安倍晋三は底が抜けているのか。 首相ともなれば哲学的思考・論理性を持つのは当然、安倍晋三にはそれがあるのか。関連することだが、現在、会社員全体の4割近くが非正規社員で、それは約3人に1人ということである。当然、失業者もいる。失業率は8月現在で3.4%である。こういう状況下で、一億総活躍社会とは、安倍晋三、全く以っておこがましいと言うほかない。いや、そこをはるかに通り越している。

 2、一億総白痴化という言葉があったが、個人的・社会的諸々の状況からのそれは進行中である。 それは人生の虚無に至り日本の破綻・破滅・滅亡となる。(世界も同様である。) それを止めるのではなく容認・後押しするような政治は許されない。 意味・内容のない底が抜けた一億総活躍社会という言葉はその容認・後押しの危険性がある。

 3、安保法で国民大多数の反対を受けながら、その直後に一億総活躍社会の言葉とは国民を無視する言葉である。 安倍晋三の神経を疑うものである。それとも政治家とはその逆を行く存在なのか。それでは物事の常識がなくなる。

 4、一億総活躍社会という言葉から連想される言葉を並べてみた。 違和感、底が抜けている、おこがましさを通り越す、軽い、のぼせ(アベノミクス・安保法成立による)、バランスのない単細胞的思考、浮つき内閣。

 5、4の「のぼせ」はアベノミクスと安保法成立から来ていると見る。 先ず、アベノミクスであるが、円安と株価の上昇によるものであり、実体経済ではない。 経済実体・産業実体によるものでない限り、ぬか喜びののぼせに至ってはならない。次に安保法であるが、 述べてきている通り それは日本の道ではない。のぼせとは無縁のものである。

 6、国を守り・つくることで個人の幸福が逆に国から与えられるという関係で、国の存在は確たるものである。 その国は当然、真実・真理・正義の国でなければいけない。 それは常に述べている唯一神又吉イエスの「公平・平等の原理・原則」による 「共同の所有・生産・消費制」経済の世界経済共同体日本である。 安倍晋三の国粋主義は真実・真理・正義の国家像ではない。 第二次大戦に至る日本の歴史で証明されている。安倍晋三の一億総活躍社会という言葉は安倍晋三のあやふや政治が起因している。 逆に言えば、安倍晋三のあやふや政治の結果・証拠が一億総活躍社会という言葉である。

 7、一億総活躍社会という言葉の違和感は安倍内閣の実体ではないのか。 引き続く悲惨な殺人事件・自殺・事故その他、安倍晋三は日本社会全体を見ているのか。 見ているなら一億総活躍社会という言葉は出てこない筈である。

 8、政治は人格という人間の中身をつくるということが第一・基本でなければいけない。 そうすれば、真実・真理・正義の日本が成立し、物事・政治の日本の結果が出る。しかし、それは唯一神又吉イエスの政治である。 安倍晋三らにはその政治は不可能である。違和感のある一億総活躍社会の言葉はその結果である。

 9、元首相、岸信助の孫の安倍晋三に、国会議員らが保身のために集まり担いでいるのが国会ではないのか。 世襲政治は否定されるべきだ。内容のない政治はしてはならないということを言っている。

 10、一億総活躍の日本とは、唯一神又吉イエスの「自分を大切にするように他人を大切にする。」 という言葉に基づく「公平・平等の原理・原則」による「共同の所有・生産・消費制経済」 によってしかできないことを銘記すべきである。

 以上から、首相安倍晋三の政治は日本のためにならない。よって、即、退陣・衆議院解散をすべきである。



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