世界経済共同体党

村上ファンドのインサイダー取引事件の本質
 
   村上ファンドのインサイダー取引事件は、「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済の内幕を、一典型として如実に示している。 そのことを追及する。東大法学部を出、通産省(現在の経済産業省)官僚出身で、金融・証券関係のプロ中のプロを自認する村上が、どうしてあれだけの一目瞭然のインサイダー取引をやったのか。 やるに至ったのか。焦点はそこだ。

(1)上記の通りの村上だから、確かに自らの専門の道には長けているだろう。しかし、その土台の人生の道はどうであったか。人生の道の幅・深さは確かであったのか。 それを通しての具体的物事の一つびとつに対する見極め・実行力(当然、やらないことも含めて)は確かであったのか。問題はここだよ。それが確かであったなら、村上はこうはならなかった筈だ。 では、どうして村上はそこに陥ったのか。それは、個人差はあれ、方向性・内容性・性格性として、村上のみならず皆同じだ。 それは「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済(その行き着いたものが、新自由主義経済・グローバリズム経済・市場原理万能主義経済)のなせる業であるからだ。 その利益至上主義経済の方向性・内容性・性格が「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」であるからだ。(詳細は著書の〔17〕の52ページ14行〜54ページ15行を見てください。) その利益至上主義経済そのものが、現在の日本・世界そのものであるからだ。現在の社長達のどれだけが、部下の社員達と人生を語り、その幅・深さにおいて会社経営をなす者がいようか。 それは、皆無といってもいいくらいだ。あぶらぎり・計算高く・狡猾、冷徹な合理主義・競争主義の執行者の顔にしかならない。 「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済の企業は最大限の利益を上げて競争に勝たなければ、倒産の可能性があり、それ故に、企業は最大限の利益を上げるテクニックマシンにならざるを得ないからだ。 そういうことで、会社において人生の幅・深さをつくれない社長・社員達は、その欠落の故に逆に失敗・誤り・罪・犯罪を会社の内外において犯してしまう。 会社の集合は社会であり、それは社会の傾向・内容となってしまう。村上のたどった道も当然、同じだ。そして、事件は村上個人の責任であることも言うまでもない。

(2)堀江らのライブドア事件もそうであったが、今回の村上ファンドのインサイダー取引事件も、場は虚業の株式市場を通してである。 そこは一獲千金の思惑が働く所であり、実体経済に比べてはるかにリスクが高い。 村上ファンド設立の大義名分はファンド資金投資会社に対して「物言う株主」となって、企業価値を高め、互恵利益を上げれば、それが引いては日本のためになるということだったと思うが、 結局、利益追求型投資になり甘い汁を求めてファンド維持のために自らインサイダー取引という墓穴を掘った。そう見るのが妥当であろう。虚業の株式市場を通しての業はそういうものだ。 この虚業の株式市場にうぬぼれや軽い・甘い考えで近ずくのは禁物、特に若者達に警告する。次の(3)を熟慮。

(3)日本・世界の虚業の株式市場をこれほど拡大させるものは何か。 唯一神又吉イエスが言う「金が第一・金が全て」「罪・犯罪の元凶・原因」の利益至上主義経済が来るべきところまで来た新自由主義経済・グローバリズム経済・市場原理万能主義経済である。 それは人心・人格を破壊し、経済格差という貧富の差を拡大し、更には公害を通して人類を破滅・滅亡させるものである。 故に、現経済を、唯一神又吉イエスの公平・平等の原理・原則による共同の所有・生産・消費制経済の農林漁業中心の、唯一神又吉イエスの世界経済共同体日本・世界経済共同体に収斂・変革する。 常に述べている通りである。そこへ向けて、日本は本来の日本経済の姿である生産実体経済の専門国として、国を単位としての経済・国内企業バランスを考えて経済運営をすべきだ。 それができるところが日本であり、その経済をもって世界経済にも貢献・協力することができる。その方向性をもって、虚業の株式市場もおのずから収斂させていくことができる。 以上から、若者達をはじめ一人びとりが、これからの日本経済観念を持つべきである。そして、一人びとりが経済観念と政治観念を両輪として考え活動し、一人びとりの経済生活を確保すべきである。 唯一神又吉イエスがその牽引をする。

尚、ライブドア事件の物言いといっしょに読んでください。
 



<トップページへ>