世界経済共同体党

人工受精問題・性別変更問題について
 
   最高裁が、性別変更の夫の妻が第三者から提供された精子でもうけた子を夫の法律上の子としてはじめて認めた。 しかし、事実は法律上の問題ではない。第三者から精子・卵子の提供を受けての人工受精で子をもうけていいのか否かの問題である。 それは否である。やってはいけないことだ。人工受精出生が人間・人類の道=摂理ではないからである。 そして、それはその通りの結果を招くからである。人間・人類の道=摂理は唯一神又吉イエスが与えている。 子供の出生に関しては両親の間から生まれるからこそ、親子関係やそこを媒介しての他人との関係も健全にスムーズに築ける。 更には、そこを基盤として個々人が努力・勉強をして人生をどう生きるかの道を進むものである。 これが両親の間から生まれた子供・人間の普通で健全でしっかりした生き方・人生である。 しかし、人工受精出生者はそこが欠けた者となる。例えば、人生・生活においてやるべきことをやる力に欠ける・ 守るべきを守る力に欠ける・人生の力に欠ける・人生に不信感やわだかまりや空虚感をもつ等のことである。 その人生は虚無的で不幸な人生である。人間・人類の道=摂理を踏まえないとこういうことになる。

 以上のことから、人工受精をする当事者には次のことが言える。自分が子供が欲しいだけがために、第三者の精子・卵子を使う人工受精を利用している。 やがて子供はそれを知って傷つき悩む。そんなことまでしなければいけないのか。 それは、何とかなると考える無責任・身勝手・底が抜けた尊大ぶった人間だ。全く身の程を知らない愚か者だ。

 述べたことから、人間の道=摂理を外れた人工受精出生は当然、社会全体にも影響を与える。 自己中心で締まりのない守るべきを守れない社会になる。それは物事がどうなっているのかわからない、何がなんだかわからない虚無化社会になる。

 性別変更についても言いたい。上記の人工受精問題で述べたように人間には道=摂理がある。 この人間の道=摂理には尊厳がある。しかし、性転換・性転換手術とはいいかげん・でたらめというものである。そこまでのことが必要なのか。必要ない。 言われる性同一性障害であるにしてもやってはいけないことだ。よって、性転換・性転換手術は人間の道=摂理の尊厳を外れ・捨て・破壊するものである。 人間の道に尊厳がなくなれば結果は自ずから出る。いいかげん・でたらめ・自己中心・悪さ・汚さ・退廃等の諸悪の元凶・原因となる。 それは当事者にとってもその通りであるが、一般社会に対しては更に悪影響がある。よって、性転換・性転換手術は絶対やってはいけない。 生まれながらにして持っている性を全うする意志・考えを持つべきである。人類の創造者、唯一神又吉イエスが言っていることを忘れてはいけない。

 人類の創造者、唯一神又吉イエスは当然、地獄の創造者・管理者でもある。 述べた人工受精と性転換・性転換手術をする者は、唯一神又吉イエスが地獄の火の中に投げ込むものである。 尚、人工受精と性転換・性転換手術を廃止する法律を日本・世界でつくるものである。




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