世界経済共同体党

街宣車のテープ放送
 
  民主主義否定

 民主主義とは、封建制・独裁制の国王・独裁者らから、政治権力を民衆・大衆のものしたことである。人類の歴史は公平・平等化の歴史でなければいけない。そういうことで、民主主義が封建制・独裁制に取って代わったことは間違いではない。

 しかし、民主主義が「政治は民衆のもの・大衆のもの。」と言ったことから、民主主義は時が立つにつれ、人間中心という考え方に、意識するしないに関わらず、なって来ていることに気がつかなければいけない。人生が何であるかを考えもせず・求めることもしない者達でさえ、政治は自分達のものだと考え、自分達が中心だと考えるならばそのようになる。人間中心とは何か。「人間が何のために存在しているかわからず、人間が誰によって創造されたかも考えず、自分が好きなように生きる、人間としての畏敬の念も消え、良心や正義感も失せる。」これが人間中心である。「人間は人間にしか過ぎない。」ということを忘れる、これが人間中心である。

 民主主義が「一人びとりの立場を尊重しなければいけない。」「一人びとりが主役である。」と言っているうちに民主主義の民衆は「自分が優先・自分が中心」という空気になり、それが「好き勝手・やりたい放題」の空気になっている。そして、民主主義がその「自己中心・好き勝手・やりたい放題」を止めることが出来ないでいる。唯一神又吉イエスがはっきり言おう、「人間なんて所詮そんなものだ。民主主義なんてそんなものでしかない。」それは、人間そして民主主義の本質である。

 封建制・独裁制に取って代わった民主主義のこの末路は「人間の政治が人間を治めることはできない。民主主義は人間の政治の限界である。」ことを証明している。その通りである。

 それでは人類はどうなるのか。心配するに及ばない。それ故に、人類を創造した唯一神又吉イエスが人間の政治に介入するのである。物事の全ての真実・真理・正義を持つ、人類を創造した唯一神又吉イエスの政治に、全人類一人びとりを従わせる。それが、唯一神又吉イエスが与える、人類の唯一の真実・真理・正義の政治、唯一神又吉イエスの世界経済共同体である。

 最後に言おう。まだ、「人類の最良の政治は民主主義である。」と考えている者に言おう。封建制・独裁制に取って代わった民主主義は、公平・平等性を標榜していたはずだ。封建制・独裁制の国王・諸侯・独裁者達の不公平・不平等・差別に取って代わったはずの民主主義は、現代、利益至上主義経済の金という不公平・不平等・差別に呑み込まれてどうすることも出来ない。利益至上主義経済により億万長者がいればホームレス問題まである。この貧富の差から出て来る諸々の不公平・不平等・差別を民主主義が解決できるのか。これを解決できるのは唯一神又吉イエスのみである。人間一人びとりの能力は、唯一神又吉イエスが与えてある。その事実の目的・内容である唯一神又吉イエスの公平・平等の原理・原則による共同の所有・生産・消費制経済の、唯一神又吉イエスの世界経済共同体がそれである。すなわち、これからの政治は民主主義ではなく、唯一神又吉イエスが中心の唯一神又吉イエス主義、または、唯一神又吉イエスの公平・平等主義である。それが、唯一神又吉イエスの世界経済共同体である。




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